大判例

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神戸地方裁判所 平成9年(ヨ)457号 決定 1997年11月21日

債権者

石野精一

外五八名

債権者ら代理人弁護士

滝本雅彦

竹本昌弘

津久井進

白子雅人

羽柴修

藤井義継

前田修

宗藤泰而

茂木立仁

朝本行夫

石井宏治

垣添誠雄

債務者

甲野太郎

債務者代理人弁護士

戸田正明

梶谷哲夫

田渕学

主文

一  債務者は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、左記行為をするなどして、暴力団甲野会の事務所として使用してはならない。

1  本件建物内で、暴力団甲野会の定例会を開催し、又は、同会構成員を集合させること

2  本件建物内に、暴力団甲野会構成員や他の暴力団構成員を立ち入らせ、又はその立入りを容認すること

3  本件建物内に連絡員を常駐させること

4  本件建物外壁に暴力団甲野会を表示、表象する紋章、文字版、看板、表札等を設置すること

5  本件建物の窓部分へ鉄板製目隠しを設け、本件建物外壁に投光機、監視カメラを設置すること

二  債務者は、本件建物の占有を解いて、これを執行官に引き渡さなければならない。

三  執行官は、本件建物を保管しなければならない。

四  執行官は、執行官が本件建物を保管していることを公示しなければならない。

五  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一  申立ての趣旨及び当事者の主張

債権者らの本件仮処分申立書、「申立の趣旨の変更」と題する書面、債務者の答弁書、主張書面(一)ないし(三)に記載のとおりであるから、これらを引用する。

第二  当裁判所の判断

一  疎明資料及び当裁判所に顕著な事実によれば、以下の事実が一応認められる。

1  当事者

債権者らは、本件建物の周辺地域に居住し、周辺地域内で営業するなどして、本件建物付近を通行する機会のある者である。

債務者は、暴力団甲野会の会長である。かつて暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)による指定暴力団五代目山口組(以下「山口組」という。)内で若頭補佐の地位にあったが、現在は絶縁処分となっている。

甲野会は、組事務所(本部)を本件建物においている。構成員は、債務者を会長とし、同人を筆頭に、平成九年四月現在で約一七〇〇人を擁するといわれている。甲野会は、山口組の中でもいわゆる武闘派集団であったことで知られており、過去に甲野会傘下組員が他の暴力団組員をけん銃で射殺するなどの抗争事件を起こしている。

2  宅見組組長殺害と抗争事件

平成九年八月二八日、山口組若頭の宅見組組長宅見勝が、神戸市中央区のホテル内で射殺された。その犯人や事件の背景等は明らかでなく、また、その真偽は不明であるが同組長射殺事件に甲野会系組織の組員が関与した疑いが濃いといわれており、債務者は、右事件後の同月三一日、山口組から破門され、さらに、その後の同年九月、永久追放に当たる絶縁処分となった。

債務者が山口組から破門された直後の同月二日から同年一〇月一五日までの間に、別紙「宅見組長射殺事件に端を発した発砲事件」のとおり右事件に関連すると報道されている甲野会系組事務所などへのけん銃発砲事件が、全国で少なくとも二五件も相次いで起こっている。このうち熊本県でのけん銃発砲事件では、無関係の市民が人違いで襲撃され、重傷を負うという事態になった。

その後けん銃発砲事件等は一時休息状態にあったが、平成九年一一月一四日午前一時ころ西宮市東鳴尾町で甲野会系組織の幹部がけん銃で撃たれ重傷を負う発砲事件が発生し、同月一六日には大阪市天王寺区で甲野会系暴力団の組事務所を仲介したとされる不動産業者がけん銃で撃たれた。また、翌一七日早朝には、債務者自宅に向かって火炎瓶が投げられる事件が発生し、犯人として山口組系宅見組系組員がその場で逮捕された。さらに同月一九日午前四時頃、和歌山市内の甲野会系組事務所に鉄パイプ爆弾と見られる爆発物が投込まれ爆発する事件が発生している。

3  本件建物及び付近の状況

本件建物所在地には、震災前から甲野会組事務所として使用されていた建物が存したが震災で焼失し、平成七年七月、当初から暴力団事務所として本件建物が新築された。鉄骨造二階建で、登記簿上、鉄骨造陸屋根二階建事務所・居宅、所有名義は申立外高口節生、敷地は借地である。建物所有名義人は甲野会事務局長で、現在、建築基準法違反の疑いで警察に行方を追われていると報道されている。建物構造上、窓などの開口部が少なく、道路に面した西側壁面には、監視カメラが設置されている。

本件建物は、甲野会の本部組事務所として使用され、甲野会直参組員などの構成員が常駐し、かつその構成員の出入りがある。また、宅見組組長射殺事件発生以来、警察官が二四時間体制で張り付け警戒を実施している。

本件建物の所在位置は別紙神戸市街地図に赤斜線で示す位置にあり、主要地方道路神戸明石線(中央幹線)の南側で同道路から二軒目、同道路に交差する道路に面している。本件建物前の道路は債権者らを含む付近住民も使用する一般の生活道路である。

4  債権者らを含む本件建物付近住民は、宅見組組長射殺事件以来、突発事故発生に対する不安と警備による日常生活上の制約に対し、ストレスが募っている状況にある。

二  被保全権利

1  生命、身体を犯されることなく平穏に日常生活を営む自由ないし権利が、いわゆる受忍限度を超えて違法に侵害されるおそれがある場合、人格権に基いて侵害行為の差し止めを求めることができると解される。

2  これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、宅見組組長射殺事件に端を発して、債務者が所属していた指定暴力団山口組から絶縁処分となり、甲野会関係の事務所などに対するけん銃発砲事件等が多発し、現在も続発しているところ、本件建物は、かかる甲野会の本部組事務所として使用されており、今後本件建物が襲撃の対象とされることにより、本件建物付近で、けん銃発砲事件などが発生することは十分に予想される。かかる事態となれば、本件建物付近に居住するなどし、また本件建物付近道路を日常的に通行する機会の存する債権者らが、これに巻き込まれ、あるいは、他所において現実に起こったように、暴力団員と間違えられて襲撃されるなどして、その生命、身体の安全を害されるおそれが存する。また、けん銃発砲事件発生等に至らなくとも、かかる事件発生の危険におびえつつ、日常生活活動の制約を受けて、平穏に生活する権利が侵害されているということができる。

3 右の債権者らの生命、身体の安全に対する危険、平穏に日常生活を営む権利に対する侵害は、本件建物が甲野会の本部組事務所として使用されていることによるものにほかならない。したがって、債権者らは、甲野会を主宰する債務者に対し、その人格権に基づき、本件建物を暴力団の事務所として使用することの差止を求めることができる。

4  債務者は、本件仮処分において、相手方となるべきは、権利能力なき社団たる甲野会であり、債務者個人が義務を負うものではない旨主張する。すなわち、山口組が暴対法による暴力団指定処分取消請求事件訴訟において民事訴訟法四六条により当事者適格を認められたことからしても、実体的に同じ団体性を有する甲野会も権利能力なき社団であり、団体自体が責任の帰属主体として、本件仮処分で責任追及をされるべきと主張する。

そこで、検討するに、権利能力なき社団といえるためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要する(最高裁昭和三九年一〇月一五日第一小法廷判決、民集一八巻八号一六七一頁)。

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、暴力団は、当該暴力団を代表する者又はその運営を支配する地位にある者の統制の下に階層的に構成されている団体であり、組長を頂点に前近代的な家父長制を擬制した関係により、構成員が擬制的血縁関係で結びつき、下部団体の長が上部団体の子分となっているものであること、甲野会は指定暴力団山口組の傘下団体であったものであり、また、債務者主張に照らしても、かかる暴力団と同様の組織構成であると推認される。そうすると、甲野会は、本部組織として下部団体の組長をもって組織され、かつ、下部団体の構成員も甲野会傘下団体として、債務者の統制の下に服する関係にあり、その全体をもって甲野会というのが相当であるが、多数決の原則によらずして運営され、団体としての組織性は擬制的血縁関係による人的関係によるものであり、人的関係を除外して組織は成り立たない。かような団体は、権利能力なき社団たる要件を備えておらず、実体法上権利義務主体を有する社団性を有するものとは認められない。この認定判断を左右するに足る甲野会の組織内容、運営方法、経理処理、本件建物の使用権限等を明らかにする資料の提出はない。なお、民事訴訟法上当事者能力を肯定される団体が、必ずしも民事実体法上権利義務の主体とはならないと解され、かつ、暴対法が暴力団団体を指定対象にしていることは、民事上の権利義務主体と認めたことにはならない(暴対法上も、事務所使用制限を暴力団に対してではなく、当該事務所を現に管理している暴力団員に対して命じることができるとされている。同法一五条参照。)と解される。

そうすれば、甲野会が家父長的な人的関係を有する組織団体であることからして、本件建物を債務者が占有し、本件建物に現在する甲野会の構成員は、その占有補助者ということができる。

債務者の主張は採用しない。

三  保全の必要性

前述のとおり、山口組関係者の甲野会に対する抗争が生じている状況下では、本件建物に対する発砲事件等が生じる可能性が高く、それは、生命、身体の安全という、これが侵害された場合には、いかなるものによっても回復できない損害を与えるという危険性をはらんでいるものであってみれば、緊急にこれを保全する必要性が極めて高いことが明らかである。また、指定暴力団にかかる場合には、一定の要件の下に暴対法により行政命令として組事務所の使用制限がなされ得るが、本件において、甲野会が指定暴力団である山口組から絶縁処分となっており、指定暴力団から除外されているから、行政命令による使用制限の可能性はなく、民事上の仮処分により、その使用を禁止する必要性がある。

四  保全処分の内容

1  本件建物を暴力団事務所として使用することを禁じるため、主文一項のとおり、債務者にその不作為を、命じることとする。

2  さらに、債権者らは本件建物の執行官保管を求めている。

仮処分は、本案請求権の保全のために認められるものであるから、不作為請求権を被保全権利とする仮処分としては、本案請求権と同一の不作為を命じ得るのが原則であり、執行官保管を命じることは、本案により実現される権利内容以上の効力を仮処分で認めることとなり、原則として許されない。

しかし、出版物販売等禁止において、出版物の執行官保管を命じる例に見るように、被保全権利が不作為請求権であっても、執行官保管の仮処分が許されないわけではない。例外的に、債権者に予想される侵害、危険の程度が甚だしく、かつ、それが切迫しており、一方、間接強制を待っていては取り返しのつかない権利侵害を受けるおそれが非常に強いとか、債務者が不作為命令に従わないおそれが強く、間接強制を待つのでは債権者に酷な結果を招来することが明らかな特段の事情がある場合には、執行官保管の仮処分により債務者が被る不利益の内容、程度も勘案した上、極めて例外的にではあるが執行官保管の仮処分も許されるものと解される(秋田地裁平成三年四月一八日決定、判例時報一三九五号一三〇頁)。

3  前記事実によれば、その真偽は不明であるけれども、宅見組組長射殺事件に債務者の主宰する甲野会系組織が関与しているとして、山口組系組織が、甲野会に関係する組織、人物などに対して、連続的に報復行動と見られる襲撃事件を繰返している。そして、警察官による厳重な警戒がされている債務者自宅に対しても火炎瓶による襲撃が実行されていること、本件建物は、甲野会の本部組事務所であることなどからすると、本件建物は、報復行動をとろうとする側からして象徴的な意味合いを持つ場所であって、攻撃目標となる可能性が十分存する上に、現に、同じく象徴的な意味合いを有する債務者自宅が襲撃されていることなど、最近における事件の頻発状況からして、本件建物に対する襲撃の危険及びそれに伴って債権者ら近隣住民が巻き添えになる危険が差し迫ったものになっているということができる。そして、本件建物が、当初から暴力団事務所として建築使用された建物であること、甲野会の本部組事務所であって、債務者側にとっても、組織結束の象徴的な意味をもつ場所であると考えられることから、間接強制による効果によってその使用を止める見込は乏しい。

よって、債務者に対する事務所使用禁止不作為命令を実効たらしめるため、本件において執行官保管を命じることができるというべきである。

4  なお、本件仮処分の効力が継続する本案確定までの間に抗争が終息し、執行官保管までの必要性を欠くに至ることもあり得るので、本件仮処分命令に一定の期限を付すことも考えられなくはないが、かかる事情変更は、民事保全法三八条が予定するところであるから、期限を付すことはしない。

5  債務者は、執行官保管との関係で、建物所有者が当事者とされるべきと主張するが、執行官保管の仮処分は、現実に占有している者を相手にすれば足りるから、前記認定のとおり債務者を相手にすれば足り、所有者を相手にすることは不要である。

五  以上のとおりであるから、債務者の立ち会うことのできる期日を経た上、事案の内容に鑑みて債権者らに債務者のための担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官最上侃二 裁判官田口直樹 裁判官大島道代)

別紙物件目録<省略>

別紙宅見組長射殺事件に端を発した発砲事件<省略>

別紙神戸市街地図<省略>

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